ココロに小さなしあわせを

写真、映画、美術、毎日のいろいろを綴っています。
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春がきた♪

先日、母と叔母と一緒に、
二人がまだ行ったことのないという
浜離宮と隅田川クルーズに行ってきました。

DSC_66955.jpg

浜離宮は、菜の花が満開!
いい香りがしていました。

DSC_6977.jpg

隅田川クルーズは何度か行ってますが、
観光船では初めて。
やはり川から見る風景って、いいなぁ。
今回は、吾妻橋まで行ったので、
スカイツリーの真横まで船で進みます。

どちらも初体験だった、母と叔母。
とてもよろこんでくれました。

クルーズの後は、
これまた二人にとって初体験、
浅草でもんじゃ焼を食べました。

もんじゃは絵的にかわいくないので、
写真はなしです(笑)



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2012/04/08(日) 01 40:54 | 毎日のこと色々 | トラックバック 1 | コメント 2

2012年イタリア旅行 2日目その5 カラヴァッジョを観る!③

《カラヴァッジョを観る!③》

さて、続いては
ボルゲーゼ美術館です。
初日なので、
どのバスに乗るとボルゲーゼまで行けるなどなどが
まだよくわからないので、
ここは土地勘をつかむためにも、歩きます!

サンタゴスティーノ教会から、
スペイン広場を目指し、スパーニャ駅へ。
駅の「Borghese」という表示に従って、
長い長い地下通路を進みます。
と、「高速の路肩?」みたいなところに出ます。
ムーロ・トルト通り(Viale del Muro Torto)です。
少々心細い感じもしますが、そのまま直進すると、
ヴェネト通りとの交差点である、ピンチアーナ門が見えてきます。
と、左手には緑豊かな公園も見えてきます。

ここが、ボルゲーゼ美術館のある、
ボルゲーゼ公園です。
公園に入ると、美術館への表示がありますので、
まっすぐ道を進むだけです。
Viale Museo Borgheseを進みます。

急ぎ足で30分くらいだったかな。
私の滞在中は、大寒波が訪れる前で、
手袋もマフラーもいらないくらい暖かかったので、
ダウンコートを着たままた歩いたら、
すっかり暑くなってしまいました。

《ボルゲーゼ美術館 予約が必要です!》
現在、ボルゲーゼ美術館は、
予約制になっています。
時間帯によって、入場できる人数に限りがあるからです。
人数に空きがあれば、当日でも入場できるようですが、
予約していった方が安心です。

予約は、HPから→こちら

日時を指定して予約を完了すると、
メールが届きます。
当日は、プリントアウトしたメールを、
指定された時間に窓口でチケットと交換します。
支払いは当日となります。


さてさて、カラヴァッジョ。
ボルゲーゼ美術館には、
なんと6点ものカラヴァッジョが収蔵されています!
それも、美術館を入って、すぐ右手の部屋に
まとまって展示されています。

しかし、残念なことに2点が貸し出し中。
1点はどこだったか忘れてしまいましたが、
もう1点は、モスクワへ・・・。
そして、この「モスクワ」には、
この後も苦しめられることになりますっ。

なぜなら、
モスクワのプーキシン美術館で
「カラヴァッジョ展」が開催中で、
いくつもの作品が貸し出しされていたから・・・。

海外の美術館のHPでは、
作品の貸し出しや補修作業について
詳細が書かれているとがあまりありません。
行ってみてがっかり・・・って、結構あるのですよね。

貸し出し中だったのは、
『病める少年バッコス』
caravaggio_007.jpg
病み上がりのカラヴァッジョが、
自身を鏡で見ながら描いたと言われる作品。
1593年頃の作品で、
まだまだかけ出しだった彼はモデルを雇うお金がなかったため、
自分をモデルにしたとも言われています。

病み上がりとは言え、
顔色悪すぎっ!


そして、モスクワに貸し出し中だったのは
『果物籠を持つ少年』
caravaggio_006.jpg
籠に盛られた果物が、どれも本物のよう。
静物画としても、とても高い完成度を感じる作品です。

ネットで検索したら、
モスクワで展示中の様子を発見。
caravaggio_0006.jpg
いいな~。


と、見ることのできなかった作品ではなく、
見ることのできた4点もご紹介。


『執筆する聖ヒエロニムス』
caravaggio_008.jpg
1605年から1606年に描かれています。

聖ヒエロニムスとは、
イタリア語でSan Girolamo(サン・ジローラモ)。
420年にベツレヘムで亡くなるまでに、
聖書の解釈、ラテン語訳に尽力した人で、
この絵画でもその様子が描かれています。

実はこの絵、まだ描きかけなんですって。

聖ヒエロニムスは、描かれることの多い聖人で、
イタリアでは美術館のそこらじゅうで
San Girolamoにお目にかかります。

フィレンツェ・オニッサンティ教会のギルランダイオ作はこんな感じ。
SanGirolamo001.jpg

レオナルド・ダ・ヴィンチだって描いてます。
SanGirolamo002.jpg
そして、これも描きかけ。

こちらは、ローマ・ヴァチカン美術館収蔵ですが、
ロンドン・ナショナル・ギャラリーでの
「レオナルド・ダ・ヴィンチ」展に貸し出し中でした。
今回は、レオナルドよりカラヴァッジョな気分だったので、
まぁあまり気にしませんでしたけど。

しかし、貸し出し中の作品が多いのは、
やはり財政状況の影響でしょうかね・・・。


『洗礼者ヨハネ』
caravaggio_009.jpg
カラヴァッジョ自身も何枚か描いているし、
多くの画家に描かれている、洗礼者ヨハネ。
イエス・キリスト、聖母マリアに続いて、
多く描かれているのじゃないかしら、とも思います。

洗礼者ヨハネは、イエスの親戚。
洗礼者ヨハネの母・エリザベツは
聖母マリアと従姉妹。
よって、洗礼者ヨハネとイエスは、
また従兄弟となります。

ヨルダン川で、イエスに洗礼を授けたのも、
洗礼者ヨハネです。
預言者でもあるヨハネは、
荒野でイナゴと蜂蜜を食べ苦行を続けたと言われ、
イエス以外の多くの人にも、洗礼を授けています。

らくだの毛皮を着て、十字の杖を持っているので、
イタリアの美術館でちょっと気をつけると、
そこかしこに見つけることができると思います。

聖人は、アトリビュートと言って、
目印となる持ち物があります。
それを覚えておくと、ちょっと便利です。

ちなみに、聖ヒエロニムスは、
赤い衣装や聖書、ライオンと共に描かれています。

この絵は、1609年から1610年に描かれています。
サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会での
3作品で大きな成功を手に入れた後、
カラヴァッジョの生活は、大きく変化しました。

1606年5月に、偶発的ではあったようですが、
人を殺してしまいます。
それまでも素行の悪さは黙認してきたパトロンたちですが、
事が殺人となるとそうもいきません。
パトロンたちの庇護を失い、
殺人犯として逮捕されそうになったカラヴァッジョは、
ローマの力の及ばない、ナポリへと逃げのびます。

さらに、マルタ騎士団の庇護を受けるため、
マルタへ行きます。
騎士団から、騎士として迎え入れてもらったにもかかわらず、
マルタでも問題を起こし投獄されてしまいます。

しかし、その後、なんと脱獄!
そして、ナポリへと戻ります。
戻ったナポリで描かれた何枚かのうちの1枚が、この『洗礼者ヨハネ』。
ナポリから、ローマ教皇の許しを得るために
ローマへ戻る船に乗った際にも、
一緒に持っていたと言われています。
ローマ教皇パウルス5世が、
カラヴァッジョに恩赦を与える見返りとして、
枢機卿シピオーネへ贈るつもりで持っていたようです。

しかし、ローマに辿りつくことなく、
カラヴァッジョは亡くなってしまうのですけども。

はぁ、かいつまんだだけでも、
波乱万丈ですよね、カラヴァッジョの生き方は。

そして、この枢機卿シピオーネ。
姓を、ボルゲーゼと仰います。
そう、このボルゲーゼ美術館は、
枢機卿シピオーネ・ボルゲーゼが1613年に建てたお屋敷を
そのまま美術館にしたもの。
収蔵品も枢機卿シピオーネが収集したものが中心です。

ボルゲーゼ公園とーっても広い公園ですけど、
それがお屋敷とその庭園だったわけですから、
莫大な資産があったんですねぇ。
ちなみに、枢機卿シピオーネは、
ローマ教皇パウルス5世の甥っ子。
お金と権力の、ドロドロした感じが
におってきますね~。

しかし、カラヴァッジョの描く洗礼者ヨハネは、
艶めかしい・・・。
描いたほかの洗礼者ヨハネも、
艶めかしいものがほとんどで、
そりゃ観ているこちらは「あちら系?」と思ってしまいます。
研究者によっては、否定している人もいて、
真意の程は分かりませんが、
まぁ当時としては珍しいことでもなく。
艶めかしいには違いない~。


『聖アンナと聖母子』
caravaggio_010.jpg
『パラフレニエーリの聖母』とも『蛇の聖母』とも言われています。

パラフレニエーリとは、馬丁のことで、
ヴァチカンに使える馬丁たちの依頼で描かれた祭壇画です。
キリスト教において、罪・悪の象徴である蛇を
聖母子が踏みつける場面を描いています。
これは、聖母マリアがイエスに、
踏みつぶし方を教えてるんだとか(汗)。

しかし、この作品は
またもやとんだ憂き目にあいます。

1605年10月31日に依頼を受け、
12月に描き始め、翌年1606年4月8日に描き終わり、
すぐにサン・ピエトロ大聖堂の祭壇のひとつに飾られます。
しかし、1週間ほど後、4月16日には、
ピエトロ大聖堂すぐそばにあるSant'Anna dei Palafrenieriに移され、
6月16日に枢機卿シピオーネが買い取っています。
当時としては、格安の100スクーディ(Scudi)ということなんですけど、
現在ではおいくらくらいなんでしょうか。

ちなみに、
『聖マタイの召命』と『聖マタイの殉教』は
2枚で400スクーディ、
『聖マタイと天使』は150スクーディだったそうです。

しかし、この絵が
なぜそんな顛末を辿ることになったかというと、
研究者の間でもいくつかの説があるようです。
教皇が、甥の枢機卿シピオーネの手に渡るよう手をまわしたとか。
まぁ、あり得なくもないですが、
信憑性としては
カラヴァッジョとしてはいつもの
「下品!」と非難されたという方が高いですよね。

この聖母マリア。
モデルもまたもや、娼婦のマッダレーナ・アトニエッティのようです。
聖母子の横にたっているのは、
下女でも農婦でもなく、聖母マリアの母・聖アンナです。
見た目も服装も、
「聖母の母」って感じではないですよねぇ。
二人の頭上には、
金の輪が申し訳程度に細ーーーく描かれています。
色々と言われるのがわかっていて、
カラヴァッジョは自分のスタイルを変えなかったということです。
それは、自分に対する自信だったのか、信念だったのか・・・。

しかし、当時のキリスト教世界のことを考えると、
お金と権力と様々な欲が渦巻き、
「言ってることと、やってることが違うよ!」なことが
たくさんあった訳ですから、
カラヴァッジョにしてみれば、
「娼婦がモデルで、文句が言える筋合いか?!」ということなんでしょうか。

実際この絵は、なんとも不思議な雰囲気を漂わせています。
暗い画面の左上に明かりが差し、
そこ方向に窓か何かがあるのが分かります。
でも、その光の強さの割に、
聖母子と聖アンナは強烈な光に照らされていて、
なんだか暗い地下室にでもいるように見えます。
そして、聖母子が踏みつける蛇も、
光に照らされ、滑りさえ感じます。
ちょっと異様な感じ。

当時の人々が、下品だ、不謹慎だと感じたのも、
こうした写実的で強烈な印象を与える絵画がなかった時代には、
ごく当たり前の反応だったのかもしれません。


『ゴリアテの首を持つダビデ』
caravaggio_011.jpg
1609年に描かれたこの作品は、
『洗礼者ヨハネ』と同じく
枢機卿シピオーネに贈るために描かれたようです。

ダビデは、旧約聖書に書かれている、
古代イスラエルの王。
まだ王になる前の若い頃、
敵である巨人ゴリアテを倒し、
その首を手に持っている様子が描かれています。

これも、よく描かれる主題です。

しかし、このダビデ。
敵を倒したのですから、
もっと意気揚々していてていいんじゃないかと思いますが、
なんとも哀しいような、苦しいような、
重苦しい顔をしています。

ダビデが持つゴリアテの首は、
カラヴァッジョ自身がモデルだと言われていて、
教皇の許しを得られるかの
瀬戸際を過ごしていたナポリでの、
カラヴァッジョの心境が表れているのかもしれません。
それとも、教皇から死刑宣告まで受けてしまい、
半分死にかけているような自分が、
それでも教皇からの恩赦を待ち続けていることに、
この絵のダビデのように
苦々しく思っていたのでしょうか。

ちなみに、世界でいちばん有名なダビデは、
ミケランジェロの作品かもしれませんね~。
david001.jpg
フィレンツェのアカデミア美術館に収蔵されています。
シニョリーア広場のヴェッキオ宮殿入口に置いてあるのは、
レプリカですから、お気をつけくださいね♪
大理石の劣化を避けるため、1873年に移動されています。

こちらは、若々しく意気揚々と、
エネルギーを感じる作品ですよね。
ミケランジェロの彫刻にすごく興味が
あるわけではないのですが、
そんな私でもこのダビデ像を前にすると
じわじわと像から発せられるオーラに
「おぉ!」と思いました。
まぁ、すごく興味があるわけじゃないので、
1回しか観に行ってみませんけど。


しかしまぁ、カラヴァッジョの作品は、
対峙することらもエネルギーを必要とするというか、
見ているとどっぷりと疲れてきます。

ちょっと考えてみると、
絵というのは作者自身が絵の前に立ち、
筆を運び描かれたものです。
絵の前に立つということは、
作者と同じ場所に立つということで、
自分と作者が時間と場所を超えてシンクロしているわけで、
とても不思議な気持ちになります。




ボルゲーゼ美術館には、
カラバッジョ以外にもすばらしい作品が収蔵されているのでが、
それはまた続きで~。







2012/02/14(火) 16 57:52 | 旅してきました | トラックバック 1 | コメント 4

2012年イタリア旅行 2日目その4 カラヴァッジョを観る!②

《カラヴァッジョを観る!②》

さて、サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会を出て
次に向かったのは、
サンタゴスティーノ教会
(Basilica di Sant'Agostino in Campo Marzio)。
歩いて5分ほど、
ナヴォーナ広場(Piazza Navona)からも近くです。

こちらには、
カラヴァッジョの『ロレートの聖母』があります。

カヴァレッティ(Cavalletti)家の礼拝堂を飾るものとして、
『ロレートの聖母』を描くようにと1603年に依頼され、
1604年から1605年にかけて描き終えたようです。
caravaggio_005.jpg
『ロレートの聖母』とは、ある奇蹟のこと。
ナザレにあった聖母マリアとその家族が暮らした家(聖なる家)が、
戦禍を逃れダルマチアに移動、
さらに13世紀に天使の羽根によって
アドリア海に近いロレートの街に移されたというもの。
その際に、王冠をかぶった聖母マリアと
幼子イエス・キリストの彫像もみつかったのだとか。

うーん、奇蹟って不思議。

16世紀の終わりから、
この奇蹟はローマでもよく知られるようなり、
カラヴァッジョにも依頼がきたようです。

この絵は、その聖なる家を訪れた巡礼者が、
聖母子に出会うという奇蹟が描かれているのですね。

影の中に浮かび上がる聖母子と巡礼者が、
縦長の画面を斜めに流れていて、
聖母の顔から、巡礼者の足元へと、
自然と視線が移動するようになっています。
この視線の、上から下への移動で、
聖母の慈愛をより感じることができるように思います。

以前NHKのドキュメンタリーで、
この絵は光源が一ヶ所ではない、
と検証しているのを観ました。

カラヴァッジョは、光と影の強いコントラストを得るため、
部屋の窓にカーテンを引き、外光を遮断し、
モデルに当てるランプの位置を移動させながら、
理想の光と影を描き上げていきました。

他の作品でも、同じ手法を用いているようです。

光の当て方には演出をしながらも、
人の描写はとても写実的で、
絵の前にいる自分も、
まさにこの瞬間を共有しているように感じます。

しかし、その写実的な描き方から、
この絵は完成後、
強烈な非難を浴びることになります。

細く光の輪が描かれ、
聖母であることがわかるものの、
どちらかというと、ごく普通の女性、
ごく普通の母として描かれています。
「聖」の部分を強調するような表現はありません。

しかも、この聖母。
モデルとなったのは、
カラヴァッジョの愛人、
娼婦のマッダレーナ・アトニエッティではと、
当時もっぱらの噂だったとか。
それは、非難の的になりますねぇ。

後にカラヴァッジョは、このマッダレーナに関係して、
大きな事件を起こします。
マッダレーナが原因の喧嘩から、
公証人パスクアローネに大けがを負わせたのです。
まぁ、三角関係のもつれ的なものでしょうか。

激昂しやすい性格に加え、
『聖マタイの殉教』『聖マタイの召命』で注目を浴びてからは、
カラヴァッジョを妬む人も増え、
争いが絶えず、
毎晩のように飲み歩き、
素行に関しては決してほめられたものではなく、
さらに暴れん坊だったわけです。

絵に関してはさらに、巡礼者の足の裏が丸見えだし、
その足が汚れている、
頭に巻いている頭巾も汚い、
という点でも非難されました。

でも、巡礼者って、
何日も何日も何日も歩いて巡礼する訳ですから、
足も服も汚れますよねぇ。

幸運にも、
サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会の
『聖マタイと天使』とは違って、
『ロレーとの聖母』は教会に収められています。

カラヴァッジョは、
描かれ方が
「聖人らしくない!」
という理由で
たびたび注文主から受け取りを拒否されたり、
描き直しを命ぜられたりしています。

私が思うに。
注文主は、まさにこれぞ「聖人」といった絵を求めていたのでしょう。
でも、聖人とはいえ、生まれながらの聖人はいません。
人として生まれ、様々な苦悩を重ね、
ときには罪を犯し、
その上でキリスト教に出会い、
死後聖人となったわけです。
絵に描かれるのは、その聖人たちが、
人として生きていた頃のことです。
カラヴァッジョは、聖人ではなく、
ひとりの「人」として描きたかったのではないでしょうか。
「聖」なるものを否定している訳ではなく、
人として生き、様々な困難や苦悩があったからこそ、
聖なるものなのだということを
表現したかったように思うのです。

カラヴァッジョは、常にパトロンには恵まれ、
注文を受けることには事欠かなかったようです。
ですが、ついつい争いごとを起こしてしまう性分。

彼の波瀾に富んだ生き方が、
そう彼に思わせたのかもしれません。
才能に恵まれた分だけ、
彼には苦悩があったのかもしれません。

『ロレートの聖母』を観ながら、
そんなことを考えていました。



しかし!
この絵に関しては、
私の気づかない重要なことがありました~。

それままた後ほど。


《サンタゴスティーノ教会、ほかのみどころ》

サンタゴスティーノ教会には、ほかにも見ておきたい作品が。

まずは、ラファエロ作の預言者イザヤ。
Raffaello001.jpg
こちらは、柱にかかれたフレスコ画。

ヤコポ・サンソヴィーノの聖母子像も、
ローマの人々から信仰を集めています。

教会は、あくまで教会。
人々の祈りの場なのですよね。
すばらしい作品を見るだけでなく、
その祈りの場に身を置いて、
しばらくぼーっとしてみるのも
とても気持ちのいいものです。
ミサの間でなければ、
椅子に座っても怒られることはありません♪





☆詳細情報☆
サンタゴスティーノ教会
(Basilica di Sant'Agostino in Campo Marzio)
住所:Piazza di Sant'Agostino, 00186 Roma, Italy
時間と休日:詳細がよくわかりません!
        教会にもお昼休みがあります。
        訪れるのは午前中か3時すぎくらいがいいかも。
        夕方からはミサがあることも。
        特に、土日はお昼間もミサがあったりします。
入場料:無料






2012/02/13(月) 20 06:39 | 旅してきました | トラックバック 0 | コメント 2

2012年イタリア旅行 2日目その3 カラヴァッジョを観る!①

パンテオンを出て、
いよいよ目的のカラヴァッジョへ♪


《カラヴァッジョを観る!①》

今回の目的は、
何といってもローマのカラヴァッジョ全点踏破です。

カラヴァッジョは、
ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ、
イタリア語では Michelangelo Merisi da Caravaggio となります。

名前からわかるように、
実は彼の苗字は、メリージ。
1571年にミラノで生まれ、
その後カラヴァッジョ村というところに家族で移住しています。
ダ・カラヴァッジョは、
「カラヴァッジョ村の」という意味なので、
カラヴァッジョ村のミケランジェロ・メリージさん
ということになります。

レオナルド・ダ・ヴィンチが、
ヴィンチ村のレオナルド
というのと、同じことですね。

ヴィンチ村には行ったことあるけど、
カラヴァッジョ村には行ったことないなぁ・・・
なにか当時のものが、残ってるんでしょうか。

1592年から1606年までを
ローマで活動しているので、
ローマに多くの作品が残っています。

451px-Bild-Ottavio_Leoni,_Caravaggio
これは、1621年頃にオッタヴィオ・レオーニが描いた、カラヴァッジョ。
カラヴァッジョは1610年に亡くなっているので、
その後に描かれたものですね。
オッタヴィオ・レオーニは
カラヴァッジョの友人だったので、
よほど「かっこよく描いた!」ってことでない限り、
カラヴァッジョご本人は
こんな顔してたんだなぁ・・・ということになります。
眉毛立派!


カラヴァッジョの生涯については、
映画にもなっています。

カラヴァッジョ~天才画家の光と影~【完全版】 [DVD]カラヴァッジョ~天才画家の光と影~【完全版】 [DVD]
(2010/11/03)
アレッシオ・ボーニ、クレール・ケーム 他

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彼の人生や、
当時の時代背景が分かりやすく描かれているので、
おすすめの映画♪
なんとも波乱万丈な人生です。

ローマにあるカラヴァッジョについては
日本で色々調べてみたのですが、
分かりにくいところもあり・・・。
ローマに来たら
『ローマのカラバッジョ』
という本があり、それを購入。
読んでみて、ローマには23点の
カラヴァッジョがあることが確認できました。

caravaggio itinerari uk 190
出版社のサイトから、
英語版・イタリア語版と購入できるようになっています。
HPは、こちら
て、日本まで届けてくるのかな?

アメリカのAmazonにも英・伊両方、取り扱いがありました。
イギリスはイタリア語版のみだけど。
アメリカのAmazonは、こちら


23点の中でも、特に「観たい!」なのが、
パンテオンからほど近い、
サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会
(San Luigi dei Francesi)にあります。
「dei Francesi」からも分かるように、
ローマに住んでいるフランス人のために
建てられた教会です。

この教会、イタリア上院の建物の
近くあるものですから、
周辺の警備が物々しい。
日中は、機関銃を装備した兵隊さんみたいな人まで
入り口に立っています。
銃なんて、見るだけでちょっとドキドキ。

ですが、教会の中に入ってしまえば、とても静か。
まだ午前中の早い時間帯だったので、
団体客もなく、観光客も10名ほどでした。

カラヴァッジョの作品は、
教会正面の主祭壇に向かって左側5番目
(いちばん主祭壇に近い)、
コンタレッリ礼拝堂にあり、
聖人マタイの連作が3作品並んでいます。

その3作品とは、礼拝堂に向かって左手から、
『聖マタイの召命』『聖マタイと天使』『聖マタイの殉教』となっています。
聖マタイとは、キリスト十二使徒の一人であり、
福音書記者の一人です。

3作品は、マタイに関する、
重要な場面を描いているわけですね。

まずは、『聖マタイの殉教』『聖マタイの召命』が描かれ、
その後『聖マタイと天使』が描かれています。
『聖マタイの召命』『聖マタイの殉教』は、
1599年7月に注文され、納期までは1年。
縦横3メートルを超える大作を2点とは、
なかなか大変だったのではないかと思います。

ローマでカラヴァッジョが初めて公的に依頼された仕事であり、
ローマの美術界にデビューした作品でもあります。
礼拝堂に置かれた後、この2作品は注目を浴び、
大勢の人が一目観ようと訪れたんだそう。
もともとは他の人が描く予定だったのが、
その人が忙しいと断って、カラヴァッジョが描くことになり、
カラヴァッジョは大きな成功を収めるのですから、
人生どこでどうなるか、わからないものです。

『聖マタイの召命』
09_Caravaggio_image001.jpg
ローマ帝国の徴税人であったマタイに、
イエス・キリストが自分の弟子になるようにと
腕を上げ指し示している瞬間が描かれています。

どれがマタイであるかに関しては長年の議論があり、
一時は左から3番目の髭をたくわえている老人と言われていましたが、
現在ではいちばん左、
お金を数えるのに必死で顔の表情もはっきりしない青年が
マタイだということで落ち着いています。

窓から差し込む光と影に浮きあり、
聖ペトロがイエスの前に立っているので、
指と顔だけが目立つという、
とても考えられた構図ですよね。

実際、この絵の右手に窓があり
光が差し込むようになっているので、
絵の上での光と、実際の光が、
重なるように見えます。

ぱっと見たときは中央にいる人々が目立ち、
主役の二人が両端にいて、
なおかつ強い光と影のコントラストの中にいるので、
じわじわと目立ってくるという、
なんとも不思議な存在感を放つ絵です。
観ていても飽きることがありません。

『聖マタイの殉教』
Matthew001.jpg
カラヴァッジョは、先にこちらを描きあげ、
次に『聖マタイの召命』を仕上げたそうです。

聖マタイは、福音書記者であるわりに、
イエス・キリストの弟子になってからの言動については
ほとんど伝えられていないのです。
最後に殉教したのは間違いないようですが、
その場所もエチオピアかペルシアということで
はっきりしていません。
ちょっと不思議。

この絵は、
エチオピアでの伝道中に、マタイは王ヒルタクスの再婚に反対し、
それに怒った王がマタイに刺客を送り、ミサの途中に刺殺殺した、
という場面を描いています。

マタイに向かって天から降りてきた天使が、
殉教の象徴であるシュロの葉を差し出しています。

これも絵の主役であるはずの聖マタイよりも、
中央の裸体の青年に多くの光があたっているので、
まず視線がいきますね。
そこから周囲に目がいき、
その状況と人々の感情がじわじわと伝わってきます。
聖マタイと刺客の青年。
いったいどちらの気持ちに沿って、
カラヴァッジョは描いたんでしょうか。

ちなみに、この絵の中では、
カラヴァッジョは自画像を描き込んでいます。
Matthew002.jpg
裸体の青年の、向かって左側から、
物悲しい顔つきでこちらを見ているのが、
カラヴァッジョ自身です。

『聖マタイと天使』
matthew003.jpg
これは、1602年にコンタレッリ礼拝堂の
中央を飾るものとして注文を受けたもの。

マタイの元に天使が現れ、
天使に導かれながら福音書を書いている場面を描いています。

実はこの『聖マタイと天使』、
別のバージョンがありました。
最初にカラヴァッジョが描いたのは、こちら。
matthew004.jpg
マタイの足が、農民のように無骨で、
組まれているために前に突き出し汚い印象を与えている、
それに天使が近よりすぎている、
という理由で受け取りを拒否され、
描き直しを命じられてしまいました。
現在の私が思うに、
こちらの方が作品として面白味があり、
カラヴァッジョらしい作品だなぁと思うのですが、
当時は注文主からの依頼がなければ絵も描けない、
注文主の意向が絶対な時代ですから仕方ないですね。

この作品は、その後ベルリンにあったようですが、
戦禍で焼失してしまったのだとか。
なんとも残念な話しですよね。

これまでの歴史で、
様々な理由から失われた作品ってたくさんあるんでしょうねぇ。



《教会で作品を観るときのポイント》
教会で作品を観るとき、
暗くてよく見えない・・・ということがあります。

そんな時は、ちょっと周辺を見てみてください。
黄色いボックスがあったら、ラッキー。
(黄色じゃない場合もありますが、大体黄色。)
それは照明を点けるための、自動販売機みたいなものです。
器械に描かれている種類のコインを入れることができ、
コインを入れると自動的に作品を照らすライトが点きます。
入れたコインの金額によって
照明が点いている時間が違います。

1ユーロを入れましたが、
かなり長い時間点いていました。
他の場所より、かなり長い時間なので良心的♪
入場料をとらない教会では、
寄付のつもりでどんどん利用するようにしています。

運がよければ、他の人が入れたコインで
明るいこともありますしね。
イタリアはこんな風に、小銭が必要なことが多いので、
お財布には小銭を多めに用意しておきましょう~。


なんだかんだで、小一時間を
サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会で過ごしました。
観ていても観ていても飽きることのない作品に出会えるって、
ほんとにしあわせなことだなぁ・・・と思います。



☆詳細情報☆
サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会
(San Luigi dei Francesi)
住所:Via Santa Giovanna d'Arco 5, 00186 Rome, Italy
時間:10:00~12:00 15:00~19:00
休日:木曜日の午後
入場料:無料
HP:こちらをご覧ください






2012/02/11(土) 13 14:39 | 旅してきました | トラックバック 0 | コメント 2

2012年イタリア旅行 2日目その2

さて、さっそくホテルを出発。

ホテルから、観光の中心地へは、
コルソ通り(via del corso)を
まっすぐ行けばよいのですが、
それではつまらない。

地図を見ながら、裏道裏道を歩いてみます。

平日の朝9時過ぎ。
お店はまだ開いてませんが、
ウィンドウショッピングをしながら歩きます。
こういう裏道には、
大型チェーン店がないので
観ているだけで愉しいんです♪

DSC_9915(小)枠あり

出勤の人と、観光客が混ざって、
朝の空気が気持ちよい中、
裏道をくねくねと歩きながら着いたのが、
パンテオン!

DSC_9925(小)枠あり

今回は、寒波の前に滞在していたので、
ほぼ毎日晴れ!
小雨が降ったのが1日、曇りが2日くらいと、
とてもお天気に恵まれました。

朝の青空にパンテオン
(Pantheon/Chiesa di S.M. ad Martyres)、
きれいですよね。
それに、おっきい~。
隣の建物と比べて、
その大きさが伝わるでしょうか。

パンテオンは、
紀元前25年に初代ローマ皇帝アウグストゥスの側近である、
マルクス・ウィプサニウス・アグリッパによって建てられた、
色々な神様を祭る神殿。
ローマ時代、キリスト教が禁止されていた時代は、
多神教だったのですよね。

ですが、これは火事で焼失したので、
現在のものは118年から128年にかけて、
ローマ皇帝ハドリアヌスによって再建されたんだとか。

正面に大きく書かれている、
「 M. AGRIPPA L. F. COS TERTIUM FECIT
 (ルキウスの息子マルクス・アグリッパが、3度目のコンスルの時に建造)」
は、アグリッパに敬意を表して書かれたようです。

確かこのために、
長くパンテオンはアグリッパが建てたのだと
思われてたんですよね。
ハドリアヌス帝は
「Me!Me!Me!」な人ではなかったんですね、きっと。

中は巨大なドーム。
ドームの直径も、床からドームのいちばん高いところも、
43.2mもあるんだとか。
ドームは、凝灰岩と軽石を用いて、その厚さが1.5m!
建物の壁の厚さは、6mもあるんだそうです。

DSC_9940(小)枠あり

すごいなぁ・・・
この天窓でも、直径は9mもあります。

2000年前、電気もない時代に
これだけのものが造れたってことは、
電気を使うようになったからって
今の私たちは大した進歩をしていないなぁ・・・と感じてしまいます。
当時、どうやって建造したんでしょうねぇ。

パンテオンには
ミケランジェロ(Michelangelo di Lodovico Buonarroti Simoni)
も訪れていて、
「天使の設計だ」と褒め称えたとか。

現在のパンテオンには、
やはりルネサンス時代の画家、
ラファエロ(Raffaello Sanzio da Urbino)のお墓があります。
サンピエトロ大聖堂の建設事業に携わってローマに滞在中、
亡くなったからですね。
37歳の若さで亡くなった、ラファエロ。
もうちょっと長生きしてたら、
どんな絵を描き、どんなものを残したのか、
ついそう考えてしまいます。

DSC_9950(小)枠あり

ラファエロのお墓は、
いつも観光客がいっぱい。
ロシア人と思われる、一人旅の女性に、
「シャッター押してください♪」と頼まれました。
カメラから視線をはずしてポーズをとるあたり、
日本とは違うお国柄を感じました。


パンテオンは、
Chiesaと書かかれるように、
608年頃には聖堂になっています。
ノースリーブや短パンなど、
肌の露出が多いと入場できませんので
暑い時期に観光される方は
気をつけてくださいね♪

☆詳細情報☆
住所:Piazza della Rotonda
時間:8:30~18:30 日9:00~18:00 祝9:00~13:00
休日:1/1 5/1 12/25
料金:無料

ミサの時間も、中に入ることができません。
土曜日17:00~ 日曜日10:30~

また、時間・休日・ミサの時間は、
ガイドブック、国内外のサイトによって違いがあります。
まぁ、このへんがイタリアらしいんですけど(苦笑)。
変更が頻繁にあるので、
ガイドブックや各サイトが、
それに追いついていないんだと思います。

特に、週末や閉館時間ぎりぎりに訪れようと考えている場合、
ちょっと余裕を持った方がよいかもです。








2012/02/07(火) 22 14:04 | 旅してきました | トラックバック 0 | コメント 2
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